2020.12.14

よく冷えた夜にねむるこいびとのことを見ていたら、感情がどうしようもなく洪水になって収まらなかった。 これはたとえば短歌甲子園のまぶしいステージから降りる五、六段の、母校の演劇にあの日のわたしたちを垣間見た六十分の、導かれたのに何も書けないま…

2020.07.30

雨のなか悠々と歩くきりんを見ながら、睫毛があなたと同じくらいある、と告げたら、長い睫毛でひとにらみされた。あらゆる動物のなかに恋人の影を見るけれど、きりんとか鹿とか、くびすじがすっとして、礼儀正しいまっすぐな脚をもつ草食獣がいっとう似合う…

ぴかぴか

嫉妬はひらめくのだと最近知った。 たとえば毎朝パンの焼ける匂いで目が覚めるという同僚に、山じゅうに張り巡らされた樹の根を踏まずに歩ける恋人に、彼を救うことのできるすべらかな幹に、真っ暗な高速道路のいっしゅんの静寂に。目の前がぴかっとする。す…

たまご

ひさびさに文章を書きたくなってエディタを開いたけれど、ねむりたい気持ちと恋人に会ってにこにこしてあったかいお腹に抱きつきたい気持ち以外のことがよくわからないのでやめた。よくわからないのであんまりおいしくないおかゆができてしまったけれどよく…

へたくそ

川沿いをあるく。角をひとつ曲がるまでのあいだだけすこし走るようなふりをして、あとはずっと歩いている。風がつめたくてずっとここで吹かれていたくなるけれど、わたしがいるのはやさしい詩のなかではないので、すぐに寒くなってしまって、また30秒だけ走…

はだしと虹、これからのこと

夏に住み始めた部屋は、朝日がよく射して、床が白くて、ざりざりしたはだしがなおのこといびつに見える。 今生のわたしが唯一わりと自信を持っているからだのパーツが手の爪なんですけど(それなりに大きさが揃っていてかたちもまあまあ)、足の爪はてんでだ…

おいしいものの話

●おかあさんのつくるかぼちゃの煮物 材料: ・かぼちゃ…適量 ・お砂糖…大さじ3くらい ・お醤油…たぶんお砂糖と同じくらい ・昆布だし…気が向いたらちょびっと ①お湯を少なめに沸かす(かぼちゃの時はだしを入れない) ②お砂糖とお醤油で煮汁をつくる ③かぼち…

25℃

あなたの口から卑猥な言葉を聞いてみたい、と言われたことが何回かある。 曰く、絶対にそんなこと言いそうにないから。 ──言ったことある? 女性器の名前とか。なさそう、ないでしょう。 ためらわずに「セックス」と言えるようになったのは大学3年の春だった…

やつあたり

プチシューをほおばる事務のおんなのこの隣で、わたし今ならきっと刺されてあげられる、と思った。 たとえば迷い込んできたすずめばちに。流行り病を防げない注射針に。強盗犯のさみしいナイフに。 それから。 ──個別の、たくさんの、花とかそういったものか…

ちいさなばけものの話

とおい川辺のお家にちいさなばけものが棲んでいる。 ちいさなばけものは写真を撮るのが好きだった。 時が流れれば流れたぶんだけ、花を、山を、湖を撮りに出掛けて行った。 彼のぴっちりした性格を撮ってきたかのような、間違いなくうつくしい写真を、ふうん…

踏む

通学路に色とりどりの紙吹雪が散っていて、ここで何が爆ぜてしまったのだろうと思う。 叔父さんになりたいんです。 わたしには兄も姉もいないし、そもそもわたしは男性でないので、逆立ちしたってわたしが「叔父さん」と呼ばれる日は来ないのだけれど。たと…

かわいくない

恋人にわがままを言って、コンビニでライチティーを買ってもらった。 あかるい深夜。 色つきのリップを使っているので、紙パックに挿したストローの口がだんだん透明なピンクになる。そのたびに、ことんと音を立てて、うなじのあたりからなにかが抜け落ちる…

電光掲示板

高速バスの窓から暮れてゆく空の色を見ていて、これが空の暗さなのか窓の暗さなのかわからない。 わたしはこれ以上泣かないために、友人からもらったおかきを控えめにかじっている。あいがみっつも並んでいる、という声がする。次は上飯田。

まぶしい

夏が来たのでリプトンレモンティー500mlの紙パックに魂を売った。森永乳業に貢ぐ3か月が始まる。 うつくしくなりたい、とおもう。 うつくしい、ってなんだろう。欲のないこと。凪いでいること。清浄で、潔白なこと。きらきらしていること。たとえば、自分の…